しくみ通信

皇紀2678年 2018年 平成30年 第Ⅳの新月の日に

皇紀2678年 2018年 平成30年 第Ⅳの新月の日に

 

『今から30年後には、富める国の人々も貧しい国の人々も、おそらく同じ通貨で買い物をしています。通貨はドル、円、D-マークではなく〈フェニックス〉』

(※引用文「1988 the conomist2018.1.9economist)

 

通貨が統一されれば、我が国の中央銀行である日本銀行はなくなり、中央銀行は世界に一つとなります。しかし、メリットよりもデメリットが大きくなる。まず、通貨が統一された世界では、各々の国が単独で国内の経済状況をみながら政策金利を決め、通貨の量を調整できなくなるデメリットの一方で、ヒト、モノ、カネが為替リスクを気にせず世界中を自由に行き来できるメリットが生じます。
しかしこれは、ある国にとってはメリットかもしれませんが、他の国にとってはデメリットかもしれません。このように国々によって違ってしまう結果、誰もが同じ条件下で幸せに生きる事は難しくなるでしょう。

例えば、日本には個人金融資産1400兆円がありますが、その動きはどうなるでしょう?

現状の個人金融資産の多くが金利差があっても国内にとどまっている理由は、おそらく「為替リスク」の存在によるものです。
もし為替リスクがなくなったら、少しでも金利が高く、信用度のある国へと資金が動いていきます。(わが国の個人金融資産はすべて海外の有利な条件に移動する)となれば、日本国内の金利水準も、外国と同等以上にせざるを得なくなり、財政問題を抱えている日本政府は、大幅な増税の必要に迫られるかもしれませんね。

さらに所得の高い個人や企業は、増税を嫌って税金の安い国に逃げていき、日本の資産は空洞化になる恐れがあります。

つまり通貨統一のデメリットは、特定の国や地域に富が集中し格差が拡大してしまうということです。したがって通貨統一は、同じ力関係の国同士で行わないと上手くいかなくなるでしょう。

そもそも通貨は国が発行している紙切れです。

通貨が通用する以前は物々交換でしたが、やがて一定の価値ある金銀銅などを基準に商売をするようになりました。

金貨や銀貨だけでは量が足りなくなった江戸時代、藩が「金貨や銀貨と交換できる藩札」を発行しました(兌換紙幣)。その後、「金や銀と交換する事を保証しない不換紙幣」が現れました(現在の通貨は不換紙幣)。

 

不換紙幣では、国はいくらでも通貨を発行して「適量の通貨発行」「適切な経済政策」を取れるので、信用のない国の通貨価値はどんどん下がり、信用のある国(富が集まる)と信用のない国(富が集まらない)という経済のメカニズムが生まれます。

「1つの貨幣」とした場合、「誰が発行量の管理をするか?」という問題があります。また、景気が過熱して物価が上昇した時に金利を上げ、不景気の時に金利を下げて設備投資を促す「中央銀行の役割を誰がするのか?」という問題が起こります。新しく新設されるであろう「世界銀行」がその役割を果たせばよいのですが、現実はどうでしょうか?

 

例えば「好景気の中国」「不景気の日本」に同じ金利で対応すれば大きな問題が起こります。通貨が同じなのに「日本の銀行に預けたら金利は1%。中国の銀行に預けたら金利は5%」となれば、誰もが自然に中国の銀行に預けますね。通貨が違う事による「金利の違い」があっても「為替変動のリスクがある」という事でバランスが保たれているのです。

 

では、紙幣はどうなるのでしょうか?

お金を作るのにもお金がかかります。

日本では、一万円札を1枚作るのに22.2円掛かります。

仮に世界共通通貨がすべて一万円札だとすると、86000兆円作るのに1909兆円の費用が掛かることになります。日本の国家予算がおおよそ100兆円なので、軽く19年分の予算が必要になる計算です。このお金は誰が出すのでしょうか?

 

新しい世界経済は人類を平等化し、世界の貧富の差をなくし、持つ者と持たざる者の平等精神を目指さなければならないのですが、今の世界経済は「人間を管理するための道具」にすぎません。

ビットコイン、仮想通貨、ネット上のお金の流れ…どれも与えられた思想、仕組まれた幻想、幸せな経済観念という妄想に、多くの人々が奔走させられていることに気づく日が来るのでしょうか?物質だけに目を向ければ向けるほど、私たちは受け身の物質奴隷となってしまいます。

 

「見えないものを見る力」を持つことで、真に新しい経済の姿が見えてくる。

めざせ、「フェニックス(不死鳥)」。

 

鶴田勝巳税理事務所 所長・鶴田勝巳の通信より