しくみ通信

通信まとめ

平成29年 皇紀2677年 西暦2017年 第11の新月の日に

 

 

「祈り」とは何でしょう?

困ったときに神さまに懇願する、祈りが不足しているから物事がうまくいかない、病気平癒を一心にせがむ…。祈りがすべてを叶えてくれるといった宗教観ではなく、自らが〈想い描く〉〈思い願う〉〈夢や希望を抱く〉〈楽しさに変える〉という心の在り方が祈りの本質です。

「神さま、お金が欲しい」

「病気が治りますように」

「息子が大学に受かりますように」

「宝くじが当たりますように」

これらは依存的、否定的な祈りといえ、当然、神仏は否定的な返答を望み通りに授けることでしょう。

 

神仏に「ありがとうございます」という肯定的な祈りが本来正しいものです。しかし、人々の「祈り」は、いつしか神仏に一方的な我欲を押し付ける習慣となってしまいました。

 

通信で掲載されている出口ひかるさんは、「楽観的というのは、目の前の危機に対峙することなく、目をそらして事が好転するのを待つだけの姿勢をいい、楽天的とは、事の重大さを認識して、最悪を想定し備えて生きることだ…」と、メルマガに掲載しています。

 

それに対して通信では、「やることをやって、天に任せよう。あるがままに受け入れ、信じてみよう(楽天的)」「自分がやっていることを、もっともっと深堀して、行き着く先を見ようとする、謙虚で積極的な心待ちでいよう」という意味を語っています。

みなさんはどうお感じでしょうか?

 

自分自身が心から楽しく思えなければ、何事も楽しめません。「楽」は、他者(神仏)から与えられるものではなく、〈すべてを楽しめる心〉が授けてくれるのです。

楽しく思い、楽しく考え、楽しく行動することは難しいことではありません。

むしろ、難しく考える方が難しいこと。難しく考えれば、難しい答え(結果)になるのです。

 

ですから、祈りも瞑想も、空想も想像も楽しくなければなりません。眠るときも、目覚めたときも、プライベートでも仕事でも、楽しく過ごす。楽しさは、楽しく思える人を別の空間に案内して、物事が「楽」へと好転していきます。

すると、「祈り」は形となって見えるものになります。物事の見方、感じ方が変わります。どうしてか?

楽しければ身も心も柔らかく、表情は穏やかになり、充足の笑顔が生まれるからです。すると、経営が変わります。楽しい仕事場では、互いが支え合い、作業効率が良くなります。笑顔は笑福を呼び込み、お客様にも幸福が伝わり拡がっていきます。人は明るい光ある方へと、自然に魅かれていくものです。

 

いま、鏡に映るあなたは笑顔ですか?

笑顔ならば〈祈り〉が届いている証。

〈祈りの経営〉とは、笑福を感染させ、幸福に変えていく行いです。

自らの「楽天」「楽観」という祈りを通して、幸福を運ぶ生き方なのです。

 

 

鶴田勝巳税理事務所 所長・鶴田勝巳の通信より