しくみ通信

感想を頂きました

平成29年,「第7の新月の日に」の感想

                                      2017・8・25

先日,高麗川駅で、自分が乗車する電車ではなかったのですが、ホームの隣に停車中の2両編成の電車を見いて、一瞬進行方向は?・・電車の形が、どちらが前でどちらが後か分からなかったからなんです。

その時に、自分が走行中の電車の真ん中で、進行方向を見れば未来を見ていて、後ろを見ていたら過ぎ去る過去を見ていることになるのかなあ~?・・・、でもその時の自分は、立ち位置からすれば、現在なんだよね?なんて変なことを思いました。

表紙の話は、何でもない事のようにみえていながら、考えさせられますね。

デッキチェアが前後に向いていて、それぞれの思いで、それぞれに座り、進行方向の人の眼には、目の前に次々現れる情景に好奇心と期待があふれ、船尾の方向を見る人の眼には、目の前からどんどん遠ざかる情景に、感慨と旅愁に思いをはせる。

過去と未来は、時間と空間がスパイラル的に進むのでしょう。記憶に残る過去、今後どうするかの思いを組み立てる未来がスパイラルに。そして今活動しているのが、大枠で現在なんですね。(過去も未来も無く、現在があるのみと云う人もいますね)

歴史に学べの言葉の様に、先人の経験則に学び、その知恵の力を借りて、と自分の未来を思考し、自分の強い意志力と努力で、未来にくる現在に手繰り寄せる。人生の中の現在は、過去と未来と云う時間と空間のスパイラル運動の通過点なのでしょう。

結局、チャーリーは、自分の立ち位置が分からないということなのかもしれませんね。

さて、映画の中の時間軸の考え方、P2の比較表は興味を引きますね。日本人的感覚からすると、右の表の内容が、総体的に何か東洋的で、理解しやすいのではと思うのです。

この表とP2の説明を見て、村山節氏の文明800周期説(西洋文明と東洋文明が、繁栄期800年・衰退期800年で交代するとう説)を想いだしました。

村山節氏は、西洋文明と東洋文明の移行期には、世界的な政変や異常気象・食糧危機・民族大移動・民族紛争などが起きる可能性を歴史の教訓から示唆しています。

まさに現在、世界で起きている異常気象や世界的な政変やテロなど、世界の情勢が大きく変化をし始める兆候を想うと、歴史は繰り返す!の言葉の重さと、形は違うけども同じような現象が起きる歴史の流れに、時間と空間のスパイラルで動的な活動を感じます。

そのような世界の動きと、人間の心の変化を鋭敏にくみ取り、先駆的に映し出すハリウッド映画人の鋭い感性に感心し、P2の比較表を改めて見直し、これから映画を鑑賞する時はそのあたりを意識してみょうと思いました。ただし、プロパガンダ的な側面が強いのもハリウッドの特質でもありますから・・・。

なぜ世界は息苦しく(感じませんか)なってきているのでしょうか?・・

間違いなく世界は息苦しくなってきている様に感じます。

村山節氏の文明800周期説の歴史的教訓では、今までの繁栄期800年は、西暦2000年から、東洋へシフトし、それに伴い今まで繁栄期を謳歌した西洋が、衰退期に入ったと云う事になります。

昨今、資本主義はそろそろ、終焉を迎えると言う事が言われますが、13世紀にイギリスで始まったと言われる資本主義も丁度今世紀で800年目に入り、村山節氏の文明800周期説と符合するようで、歴史の不思議さを感じます。

現在は、グローバル化した資本主義経済の負の側面が強く現れている世界です。そのため、貧富の差と差別化の拡大が進み、一方で利己主義的風潮と個人の権利の肥大化と、宗教の衰退や民族間の闘争などが世界的に拡大しています・

社会が、経済至上主義と共に、人々をより強欲にし企業経営者も個人も、社員や隣人をいたわる気持ちが薄れ、経済的損得勘定のみでものを考える人の群れが、今さえよければ、自分さえよければと、よりエゴイズム化し、昨今の殺伐とした世の中を形ち作っているように思います。

悲しいかな、P3のグリーンスパン氏の言葉の様に、「強欲さをむき出しに出来る回路が途方もなく拡大されただけなのだ」の通りの風潮と現実が世の中を傷つけ始めているのでしょう。(ここで、作家・思想家のアイン・ランドの名前が思い浮かびました。)

その上、インターネット情報技術の急速な普及で、あらゆる真偽情報が世界に一瞬にして流れます。その結果、経験不足な若者達の思考や価値観に大きなゆがみを生じさせ始めているのではないでしょうか。

若者たちがスマートフォーンでのオンラインゲームなどに夢中になり、歩きながら,自転車に乗りながらのスマフォ操作で事故を起こす、個人的に注意するものなら、怒り狂い暴力的になるなどが、社会的現象化してきています。

因みに、オンラインゲーム依存症は、アルコール中毒や麻薬中毒患者の様に、脳の機能障害を起こしてしまう可能性も高いと言われ、日本でも20歳以上のネット依存症を疑われる者は数百万人に成るともいわれます。(今でのその数は増え続けているそうです)

昔も、若者が夢中になるゲーム機器は有りました。しかし今とは状況が違いますが、その頃はある種のブレーキが働いていたように感じます。

会社・団体・共同体・家族などのいい意味での監視、人の眼・恥を想う心などのブレーキがあったはずなのです。残念ながら、今日の日本もグローバル化とアメリカ化が進む中で、アメリカほどではないのでしょうが、グリーンスパン氏の言葉の様な社会になりつつあります。

日本の場合、まだ人も社会も、精神的に情緒的な側面が強いと思います、だから今のアメリカ的ドラステックで強欲的な風潮には戸惑いと、違和感を覚える人々がまだ多いのではないでしょうか、そのギャップが、社会を息苦しく感じさせているのではないでしょうか?

P3で問いかける下五桁の問題提起に対して・・・

 ポールロバーッ著「衝動に支配される世界・我慢しない消費者が社会を食いつぶす」は結果的に、資本主義の終わりを示しているようにも感じます。そして、ふと!頭の中に何時か見た、キアヌ・リーブス(ロマックス)とアルパテーノ(ミルトン)主演の映画デイアポロス「悪魔の扉」が浮かんできました。

ミルトンはニユーヨークの大手弁護士事務所のボス(悪魔(ルシファー))、ロマックスは田舎の弁護士、その弁護士がニューヨーク事務所に引く抜かれ出世して行くのですが、ボスはロマックスの虚栄心を巧みにコントロールして、悪魔の世界に引き込もうとします。そして、最後はミルトンと対決し悪魔の為に魂を売り渡すならばと、自ら拳銃で自殺を図りミルトンの願いを打ち砕くのです。

現在の世の中は、悪魔のささやきに虚栄心を巧みにコントロールされ、悪魔の世界に引き込まれようとしているそんな思いがします。「虚栄心は人を惑わす」の言葉の様に、利己主義的強欲は悪魔の世界に引き込まれて、挙句、“人間”を放棄してしまう事になるのでしょう。

思えば、ポピ族(アメリカのインデアン)の言い伝えの中に、今まで人類は3回滅んだ、しからば、4度目の滅びはあるのでしょうか?

現在の経済至上主義とエゴイズム的風潮と強欲的で混沌とした社会が続くならば、地球自体が人間に対して、エゴイズムを発揮し、ガイヤ葬送曲を奏でてしまうのではと懸念します。(漫画的かな)

さて、

パリ協定(地球温暖化協定)をアメリカが離脱したことに対する、田中宇氏の話し面白いです。

パリ協定(地球温暖化協定)と京都議定書との違いや各国の思惑など、法的な側面や政治的な側面など結局は、ここでも、環境より経済が優先するという事のようですね。

2004年に制作され公開された、アメリカ映画「デア・アフタートモロー」(監督ローランド・エメリッヒ)は、パリ協定(地球温暖化協定)を考える上で、とても考えさせる映画だと思います。

監督ローランド・エメリッヒはインデペンデス・デイやゴジラ・スターゲイト・2012年などの監督で「デア・アフタートモロー」の映画のストーリーは、温暖化により南極の巨大な量の氷が解け、塩分濃度の低下が限界を超え、海流が変わり異常気象が世界的に起こり、結果、世界は寒冷化にシフトし、ニューヨーク街を始め世界が急速に凍り付くというパニック映画です。

「デア・アフタートモロー」を見て随分経ってから、米国防総省(ペンタゴン)が2004年にブッシュ政権に提出した、ペンタゴンレポート「気象変動予測」の内容と映画のストーリーが酷似しているとのことを知り、ハリウッドは凄いなと思ったものです。

確かに2005~6年頃は、今後地球は寒冷期に入るなどの話題が多かったような気がします。このことから、今回のトランプ大統領のパリ協定離脱もあながちいい加減でもないのかもと思いました。(勿論、根底には経済的な思惑が多いにあるとは思いますが?)

さて、P6~7の内容は勉強に成りました、日本語の話し方や文章は今の若い人には分かりにくい表現だろうと思いますし、ましてや、外国人にとっては理解しにくい部分が多いと思いますね。特に「場」の考えかた、最近よく聞く、「場の雰囲気を理解しろ」だとか忖度などの言葉などなど・・・