しくみ通信

「第四の新月の日に〈希望〉」

 

「71年前の雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて世界は変わった。閃光(せんこう)と炎の壁は都市を破壊し、人類が自らを破壊する術を手に入れたことを実証した…。彼らの魂はわれわれに語りかける。彼らはわれわれに対し、自分の今ある姿と、これから成るであろう姿を見極めるために、心の内に目を向けるよう訴えかける…。だからこそ、われわれは広島に来たのだ。われわれが愛する人々のことを考えていられるように。子どもたちの朝一番の笑顔のことを考えられるように。台所のテーブル越しに、妻と夫が優しく触れ合うことを考えられるように。父や母が心地よく抱きしめてくれることを考えられるように…。広島と長崎は核戦争の夜明けではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう…。」─2016.5.27オバマ米大統領広島演説より

今通信で取り上げた「アトミックガール・原爆を作った女達」。
第二次世界大戦中、テネシー州オークリッジの原爆用ウラン濃縮工場で働いていた数千人もの女性労働者の生き残りの証言を交えて、そこで働いていた人たちの実情と、その後の心情を描いた文献を紹介しました。

男性の多くが戦争に駆り出され、労働力不足が深刻だったアメリカ軍が平均の三倍もの給料で呼びかけ、それに応募した女性たちがオークリッジの工場で働いていました。軍の厳しい機密管理のもとに置かれ、彼女たちには作っているものが何なのか一切明かされませんでした…。やがて広島に原爆が投下されたとき、そのニュースを聞いた女性たちは、初めて自分たちが原爆を作っていた事実を知るのです。

「君たちが一生懸命働いてくれたら、この計画で確実に戦争が終わる。何を作っているのかは一切言えないけれど、絶対にこれで戦争は終わるから。だから国のために何年間か人里離れたところへ行って働いてくれ」
彼女たちは、「戦争が終わる」この一言を信じました。

戦後、彼女たちは原爆で戦争を終わらせることに貢献した「英雄」として扱われ、初めのうちは誇らしく感じたようですが、テレビ番組など多くのメディアにもてはやされるようになった女性たちは、やがて複雑な気持ちを抱き始めます。
原爆で多くの民間人が殺されたことへの「罪の意識」を感じはじめていたのです。
そして、誰にも語ることのなかった戦争中の自分たちの仕事について、また事実を知る人がいなくなりつつあることに危機感を感じ、「語り部」の役を果たすようになったといいます。
大量殺戮を、勝戦国では「戦争を終わらせるため、平和のため」と称賛され、敗戦国では「お国を護るために死んだ英霊たち」と賛美されます。これは悲劇の連鎖です。

現代の労働者である「企業戦士」たちは、一体何のために、誰のために、モノを作り、売り、そして消費を生み出しているのか。それは本当に必要なモノなのか、それは我々の世界を少しでもよい方向に進ませる労働なのか?
労働は〈悲劇を生産するための手段〉ではないはずです。