私はこの法則で自分の人生を変えた

「私にできたことは、あなたにもできる。私が保証する」

『私は世の中が必要としているものを常に探し求めている。それが分かれば、あとは一心不乱に発明するだけだ。首から下で稼げるのは一日数ドルだが、首から上を働かせれば無限の富を生み出せる』 〈エジソン〉

発明家エジソンは、「82歳の今、自分の人生をもう一度振り返ってみると、人生で一番幸せだったのは12歳の頃に母とともに生きていた頃・・・」といいました。

ある日、エジソンは突然耳が聞こえなくなってしまいました。
しかし、それをハンディと考えず、むしろ一切の雑音が耳に入らなくなったため、読書に専念できたと語ります。驚いたことに、15歳の時にはデトロイト公共図書館の本をすべて読破していました。
「・・・耳がまったく不自由になってしまったからこそ、難解な文学作品や化学や物理の技術書までも集中して読めた」と本人が語っています。
エジソンは小学校を数カ月で退学した後、教育らしきものを受けていなかったので、すべて独学で学ぶしか方法がありませんでしたが、あらゆる本を読むという努力によって、自分の考え方を構築させていきました。基本的な学問は、母親とともに自宅で勉強し続けたのです。

学校では無能呼ばわりされていたエジソンでしたが、母親の深い愛情によって育まれたエジソンは、母親とともに学んだ思い出が一番幸せな時だったと後に語っています。
さらにエジソンは、この頃から読んだ本の内容を必ず手帳に記録し続けました。彼の残したメモの類は五百万枚という膨大な量で、その整理・分類・解析が国家プロジェクトとして1978年から始まり、その完成は早くて2015年と言われています。
このように、メモをとることによってエジソンは自分のアタマに記憶させてきたことがわかります。
さらにエジソンは生活費を稼ぐために、12歳で『ザ・ウィークリー・ヘラルド』という新聞を編集し、売りさばいていました。
これは、後のアイデアや発想において膨大な情報量を得ることにつながる大きな出来事でした。つまり、本を読み続けることであらゆる情報を得、新聞の話題作りの要領を心得ていったのです。
また、この手づくり新聞によって自らの販売促進、広告宣伝のやり方が自然と身につき、発明家という評価が高いエジソンですが、実はマーケティングの天才という顔も持っています。エジソン以外にも多くの発明家は存在していますが、エジソンほど名を残した発明家がいない理由は、どうやらここにあるようです。
つまり、ほとんどの発明家は発明することのみに重点を置き、市場の観察やマーケティング知識がなかったのです。これは現在にもあてはまることで、発明家は発明以外のことで学ぶ機会が乏しく、また必要性を感じていないからです(研究者なども)。
エジソンは新聞づくりによって、話題作りの要領を取得したのです。
それはやはり読者に読んでもらわなければ売れないからで、読みたいと思わせる内容をつくる、魅力あるものを考え出す、喜んでもらう、役に立つ内容にする必要性があったからです。このサービス精神で新聞づくりに励み、生活費を稼いだのでした。
さらに自らをニュースの対象として取り上げることで、無料で絶大な宣伝効果を上げることを狙った作戦は、12歳の少年が生きるために考えだした今日にも通じる極めて高度なテクニックといえるかもしれません。

エジソンは、「創造力、野心、昼夜を問わず働く意志があれば誰でも成功できる・・・」といっていますが、本当のところは宣伝のうまさ、発明を商品化し、販売する組織をも作り上げてしまう手腕によるところが大きいのです。
「人の欲しがるものをつくる・・・」「人の欲しがるものをどうやって作り、どうやって市場に流通させるか・・・」という、「売ること」「売るためにはどうするか」、 そのための発明と商品化、販売方法を考え(企画)続けてきた点が、多くの発明家とまったく異なる点です。このように、彼の類まれなるパブリシティ戦略と販売組織の確保こそが成功の原動力になっているのです。今でも、アイデアや発明の世界は試作や研究開発、または出願が中心で、商品化や販売(売る)には関心が及ばないといったケースが多く、これではミニミニ・エジソンにすらなれないでしょう。

そう、アイデアや発明は人に喜ばれてこそ儲かるものですね。

世界中でエジソンほど失敗と挫折を繰り返した人もいません。
彼は、「運などというものは一切信用しない」「もし、運というものがあるとしたなら、自分ほど不運な人間はいない」と語っていた人でした。
しかし、幼き頃の母との想い出が彼を支え、その無限の失敗の数と同じくらい「YES」を唱えるようになりました。
「天才とは1パーセントのひらめきと99パーセントの汗のたまものである」というのはエジソンの有名な言葉です。しかし、その言葉の裏には「成功は99パーセントの失敗があってこそ」という意味があり、すべての失敗は成功であるという考え方でした。
エジソンほどの失敗と挫折はありませんが、失敗をくり返してきた私は、このエジソンの言葉に深く感銘を受けました。学歴がなく、学会ではいつもつまはじき、耳が聞こえない、というハンディの固まりのエジソンでしたが、彼の言葉には一切の「NO(否定)」がないのです。彼は67歳ですべての財産を失い、従業員に給料も払えず、日々債権者に追われ、裁判所や警察にも取り立てられていました。しかし、それでも彼は人生を否定していませんでした。その大きな理由は、彼の母が息子エジソンを決して否定しなかったことでした。その影響によって、エジソンはすべてを甘受する生き方だったようです。
私は、失敗や挫折は恥ずかしいこと、人に言えないことだと長年考えていましたが、エジソンの言葉と出合ってからは、
「失敗は限りない財産」
「失敗は成功するためのもの」
「成功するためのもの、それが失敗」
「すべての失敗は成功」という考え方になりました。

私は、亡きエジソンに語りかけます。
人生のすべてが「YES」なのだと・・・

©Social YES Research Institute / CouCou

つるた勝巳税理士事務所

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