「夢追い人」

「夢追い人」
一緒に闘ってきた戦友が次々と消えていく…。
この現象は何でしょう…。
何のために、私にここまで見せつけるのでしょう…。
余りにも残酷ではないですか…。
これも何かの意味があるのですか?

青天の霹靂とはまさにこのようなときなのでしょうか…。
人はひとりで生まれて、ひとりでこの世を去っていく、といいますが、友人は扉の取っ手に紐を結び自らの生命を絶ってしまいました。
その回りには薬と空になったお酒の空き瓶が散乱していました。

何日も彼の姿を見かけなくなり、大家さんが心配してカギを開けて中を開けたところ、レコードをかけっぱなしのまま、彼は首をへの字に曲げたまま逝ってしまいました。
友人の大家さんから連絡をもらい、そのままにしておくには、あまりにもその姿が不憫だということで、私はそのアパートに出向き大家さんと一緒にその首紐を外して横に眠らせ警察に連絡しました。

彼はしばらく会わないうちに、随分と痩せこけており、それでも二人で寝かせるのには信じられない重さのため苦労しました。

警察はそのまま検視に回し翌日に遺体の引き取りを親族に連絡を入れましたが、引き取り手がいないということで、友人同士である大家さんと私が引き取り人となりました。

彼は私生児として生まれ、引き取り人としての親族がいませんでした(実の親はすでに亡くなっていました)。
また、結婚はしたことがあり娘がいましたが、その母親は引き取りを拒否したため私たちが引き取ることになったのです…。

私たちは止むを得ず、たった二人で葬儀をすることにしました…。
それでも前の奥様には連絡を入れましたが返事を貰えないままその当日を迎える事になったのです。葬儀場は多くの人たちが順番待ちの中で、私たちは二人きり…。
なんと寂しい葬儀なのでしょう…。

私は二人の友人の大家さんと、遺骨はどうしょうかと悩んでいました…。彼の父や母のお墓もわかりません、宗派も、お寺さんもお坊さんすら呼ぶことができません。もちろん、戒名などもありません。
私たちはどこかのお寺さんに預かってもらえるかどうか、市役所に相談しょうかと悩みました…。
いよいよ火葬です。お見送りは私たちだけです…。

すると、見知らぬ女性がそばに近づいて軽く会釈をしました。
「…、ご迷惑をおかけしました。私は娘です…。同席しても良いですか…。母から聞きました…。でも、私は父には一度も会ったことがありませんし、どのような父であったかも知りません…。母から頼まれた訳でもありません。ただ…」

大家が泣きながら話を始めました。
「…ありがとうございます。ここに来てくれただけでもありがたい…。あなたやあなたのお母さんにはとても苦労をおかけしましたね…。でもね、彼の人生の最後の日が、今ここに在る。お別れしてあげてください…」

娘さんはわずかながら初めて会う父の姿を見つめ、火葬を一緒に見届けながら、一緒に骨壺に彼の命の亡骸を入れました。
そして、静かに口を開き。
「…父は、きっと誰にも迷惑を掛けずに去って行きたかったのでしょうね…。皆様には大変なご迷惑をおかけしているとは思うのですが…。こんな父なのですね…。長い間夢見て来た父との再会がお別れの日なのですね…」

二一歳になったばかりのこの娘さんは涙一つ流さずに淡々と話し続けました…。
「…父は生まれたときに兄弟に預けられ、その兄弟がなくなった後はそのまま一人で生きてきたといいます。父や母の愛情も知らず、家庭の素晴らしさも知らず、母と巡り合い、別れてしまいました…。それ以来音信不通で、私が生まれたことすら知らぬままこの世を去ってしまいました…。私の母も幼いときに両親をなくしていたため父とは環境が似ていて話が合ったのかもしれません。…、もし、私が生まれていることを知っていたら父の運命は違っていたのでしょうか…。もっと私が母に煩く訊ねれば良かったのでしょうか…」

大家が重い口を開けて話し始めました…。
「…あなたのお父さんは、あなたのことを知っていましたよ。あなたが幼稚園や小学校に入学したときも、卒業式も学校に出向き遠くから眺めて泣いていましたよ…。そして、一生懸命に働いてあなたに逢うのを夢見ていましたよ…。でもね、病に倒れ日々薬漬けの生活の中で鬱病となり生活保護を受けていました…。あなたやあなたのお母さんや社会のせいではなく、病がそうさせてしまったのです…。誰のせいでもない」

「ひとりぼっちで可哀想でしたね…」

「そんなことはない、彼は根っからの陽気で明るく、病気さえなければ相変わらずギターを片手に作曲して歌を歌い続けていたよ…。それにいい死に方だよ、私もこのように潔く死んでいきたいと思う。人はよく孤独死は悲惨で哀しい死に方だという人もいるが、人間はねえ、ひとりで生まれて、ひとりでこの世を去るのだから。交通事故や病気になり病院で薬漬けのままで死ぬよりも、孤独に死ぬのもその人の人生だからね…」

「…そうですね、父が選んだ人生ですから、私も人生を自分で選ぶようにします。私のお腹には赤ちゃんがいます。今年の終わりには生まれて来るでしょう。彼ともこれから結婚します。私は父と母と子どもと生涯を終えるつもりです。絶対に、絶対にひとりぼっちにはさせません…。私の子には、家族を持って家族を大切にできる人生を教えます。でも、誰にも迷惑はかけませんが、父のようにひとりぼっちでこの世を去るのも良いかもしれませんね。わたしは、そのときは、父や母、夫や子どもたちとの楽しい日々を迎えて逝きますから…」

私は、彼女にレコードを差し上げました…。
その歌は、彼がかかわった曲「夢追い人」でした。
彼はなくなる寸前までこの曲をかけ続けていたからです。
(レコード針は最後まで回り続けていました…)

その一部を紹介します。

「夢追い人」

幼き頃 抱いた夢は
もう消えてもいい頃なのに
今だに 見続けている

友よ 答えてくれ
時の流れに 勝てなかったのか
わが友よ なぜ消えていく

「もうやめちまえよ」と言って欲しいんだ
「うらやましい」なんて 嘘だろ
見えすいた言葉を かけないで
俺は夢を捨てそこねただけの 
夢追い人なんだよ

友よ覚えているかい 負けちゃあならない
死ぬまで歩けと誓った 男の約束を

「なんて馬鹿なヤッだ」と言って欲しいんだ
「うらやましい」なんて 今さら
見えすいた言葉をかけないで
俺も夢を捨てそこねただけの
夢追い人なんだよ

※立ち上がれ もう一度 歩け
もう一度 立ち上がれ 歩け…

※立ち上がれ もう一度 歩け
もう一度 立ち上がれ 歩け…

※立ち上がれ もう一度 歩け
もう一度 立ち上がれ 歩け…

(何度も繰り返し続く)

彼はこの世を去るつもりはなかった…。と信じている。
彼は病と闘い、苦しみながらも立ち上がろうとしていた、歩こうとしていた…。彼の部屋ではレコードが回り続けていたのだから…。
葬儀の帰りがけ、差し上げたレコードと骨壺を抱きながら、彼女はこう答えました。
「わたしは、何度でも、何度でも立ち上がるわ、歩くわ…。これが父の言葉なのですから…」
私たちは握手をして笑顔の彼女の顔を見ながらいつまでも手を振り続けました。

 

平成三〇年七月記 cou cou

 

つるた勝巳税理士事務所

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