ある晴れた日曜日

ある晴れた日曜日

 

ある晴れた日曜日、私はいつものように一週間の仕事のまとめと、翌一週間の予定をまとめていました。すると、事務所の扉をノックする音が聞こえました。

突然の訪問者です。

扉を開けてみると六人の訪問客で、突然私に聖書を見せて読み始めました。

私は扉を半開きのままで聞いていましたが、なかなか話は終わりません。

この人たちは何を言いたいのでしょう…。

ようやく長い話が終わり、私に意見を求めてきました。

 

「あなたは神を信じますか?」という質問でした。

私はイライラしていたせいか、即座に、

「神など信じていません、信じません」と答えました。

すると彼らは哀しそうな顔をして、

「それは不幸なことです…」と言い出すのです。

「何が不幸なのですか?」と、私は言い返しました。

「それは、あなたが神様を信じていないからですよ。神はあなたの目の前にいらっしゃる、あなたを守り続けているのです」と、相手は言います。

私は再度言い返しました。

「そんなこと当たり前ではないですか?」。

 

すると、驚いた顔をして、何を勘違いしたのか、私に「ぜひ、読んでほしい…」と聖書に関する小冊子を手渡そうとしました。

「要りません…」と、私が答えたら、

「置いておくだけで構いませんから、置かせてもらえませんか…」と言います。

さらに話は長く続き、私は困り果てました。

その理由は、この人たちは聖書の伝道者で、上からの指示(命令)で布教しているだけだからです。この人たちには罪はないし、無下にもできない…、彼らは神を信じきっている人たちですし、何を言っても無駄だと思いました。

話を聞けば聞くほど、彼らの言う神様が嫌いになります…。

私が嫌がっている顔などお構いなしに話しは続きます。

これは、彼らの布教活動という修行なのでしょう。

 

そこへ、私が事務所をお借りしている大家さんの奥様が来て、

突然、「お帰り下さい!」と大きな声で叫びました。

彼らは困惑しているようでしたが、矛先はその奥様になりました。

 

この奥様は、数年前に腰の骨を折ってしまい、歩行するのも困難な状態で、長男に支えられていました。

彼らは、その言葉にも怯まず聖書を勧めようとします。

「奥様、奥様の御病気は、この聖書お読みになるときっと良くなりますよ…。病というものはその人の心が生み出すもので、身体か悪ければ家庭もうまく行きませんし、仕事もうまくいかないものです…」

「……」

一瞬、静寂に覆われたように静かになりました。

 

奥さんは何かを考えているかのように押し黙ったまま、彼らの話を聞いて言いましたが、急に笑顔になって彼らにこう答えました。

 

「私は神を信じています。私はあなたたちの思う神様ではなく、私を守って下さっている神様を信じています。私の体の病は神が与えてくれたものです。はっきり言って、夫婦、家庭内はあなたたちが言うようにうまく行っていません。家族はバラバラかもしれません。しかし、これらのすべては私の思うところの、私をお守りくださっている神様から与えられた恵みです。私は、この与えられた恵みに心から感謝しているのです。こんなにも恵まれています。ですから、あなたたちの思う神様は必要ないのですよ…」

 

「……」

あまりにもストレートな考え方だったからなのでしょうか、彼らは無言となりました。

そして、軽く会釈して、何も答えず、そのまま去って行きました。

彼らの姿を見ながら、彼女は私にこう言いました。

 

「富樫さん、夫婦、家族関係がうまく行かない人、病気のない人、苦しんでいる人、お金のない人は、神様が与えてくれた最高の恵み(贈り物)ですよ。夫婦円満な人、病のない人、身体の痛みを感じない人には幸せがわからないのよ。神から与えられた恵みには感謝しなくちゃね…」

そう言って、笑顔で自宅に戻っていきました。

 

澄み渡る青空に、春を感じる三月終わりの出来事でした。

 

 

©Social YES Research Institute / CouCou

つるた勝巳税理士事務所

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