もうひとつの世界から

もうひとつの世界から

 

僕は星になった・・ここは何もない世界。

静かな、静かな水の中。

深く沈んでいく‥誰もいない・・。

 

宇宙をさまようかのように漂う、そんな気分になっていた。

寒くもなく、暖かくもなく、静かな世界。そして一人きり。

もう何年‥いや数分なのか。時間はわからない。

そもそも時間は人間が勝手に決めたものだし、ここでは一時間だと思えば一時間、十年だと思えば十年ともいえるかもしれない。ずいぶんと長く漂っていたような気がする。

 

暗闇の中から糸のように一筋の光が僕を照らしはじめ、やがてその光は粒になって頬に当たり、僕の全身は光に包まれた。その光に案内されて、どこかへと導かれていく。

 

ちょうど飛行機が降下するように段々と低くなり、僕は地上に着いた。

そこは美しい光景だった。木も花も、辺り一面が光り輝いている。小さな虫たちの音、鳥のさえずる声、風の音、樹木の匂いが立ち込める。動物たちもいた。

降りた場所には、そのまま歩けと言うかのように一本の長い道がのびて、僕はその道を歩き続けた。

 

目の前に街が見えてきた。

街には商店が立ち並び、たくさんの人が買い物していた。道路には信号があって、車が走っていた。人ごみが大嫌いな僕だったけど、たくさんの人に囲まれていることに安心感を覚えた。道行く人はみな幸せそうに、小さな子どもからお年寄りまで笑顔に包まれている。なんて不思議でなつかしい世界なんだろう。これまで僕が住んでいた世界との大きな違いは、時間の感覚がないこと。人々はゆっくりと動き、ゆったりとくつろいでいた。

 

横断歩道を渡り、見慣れた風景の場所にたたずむ一軒の家を訪れることにした。

玄関を開けて、家の中に勝手に入っていくと、やわらかい声がした。

「おかえりなさい・・」

そこには十年前にこの世を去った妻が、あたり前のように座っていた。

「遅いわね・・ご飯が冷めちゃうよ」

「お、おまえ・・・生きていたのか・・」

「馬鹿ね、何をボケているの。あんた仕事のしすぎじゃあない?生きてるに決まってるじゃないの」

テーブルには僕の好きな魚のフライと煮物が置かれていた。

 

椅子に腰かけ目の前にある料理を食べ始めた僕を、妻はただ眺めている。

「あれ、おまえ若いなあ・・」

「はは、なに言ってんの?あんただって若いでしょ」

「え、僕はもう七十歳の老人だよ・・」

妻は笑いながら手鏡を持ってきた。

「はい、ちゃんと見てごらん。何が七十歳なの、どう見ても二十五歳じゃない?」

「あ、ほんとうだ・・二十五歳の僕に戻ってる・・」

 

驚いた。ここでは年齢など関係ないのか。紛れもなく、二十五歳の僕だ。

「・・どうして?僕は死んだはずだよ。おまえだって死んでるはずだ・・」

妻はお腹を抱えて笑っている。

「死んでなんかいないよ。ほっぺたを抓ってごらんなさいな。痛いでしょ?手も足もあるし、幽霊じゃあないんだから・・」

「・・ここはどこ?どこなの?」

「ここはね、私たちの新世界。逢いに来てくれてうれしいわ。待ってたのよ、わずかな期間だったけどね」

「わずかって言ったって、おまえが死んでから十年も経ったはず」

「ここには時間はないの。十年だと思えば、十年。百年だと思えば百年経つのよ。私にはわずかな時よ。あんたが来るまでとても忙しかったわ」

「・・・」

 

妻と何時間話したのか。語り尽くせない話があったが、すべて忘れてしまっていた。

「ねえ、あんた。寂しかったでしょう・・。ずいぶん泣いていね。子どもたちの方が立ち直りが早かったみたい。みな元気で、無事に結婚して子供も生まれて幸せに暮らしているのに。あんただけ、私の事を引きずりぱなしの人生だったみたい。馬鹿ね、こうしてまた逢えるのに」

「おまえは生きてたんだ。僕も生きてるのか・・信じられないよ」

「そうね、信じられない話ね。でもね、人は死なないよ。肉体が滅びても心は生き続けるの。これが証拠よ」

「・・・」

「残された人は確かにかわいそうだけど、去っていく人はもっと寂しいのよ。こちらの世界にいると、子供たちを抱いたり、触れたりできなくなるし、私が一生懸命に話しかけても、あんたは知らん顔しているし。でもね、見守り続ける事はできるのよ。だから子供たちの事は安心してたわ。心配だったのはあんたの事だけ・・・」

「・・ありがとう」

「あんたが、なかなか立ち直れず悲しんでいるのが一番辛いわ。でも毎日、毎日、私に語りかけてくれたね。退屈しなかったよ。だから、別れて悲しんでいる他の人にも教えてあげて欲しいなあ。そんなに悲しむ必要はないよ、本人は幸せなのだから、とね。でもね、ありがとう・・ずっと覚えていてくれてとても嬉しいわ」

 

僕は返す言葉が見つからなかった。

「いい、あなた。目を瞑り、子供たちの事を考えてみて、ほら見えるでしょう。しっかりとした大人になり、子供の学校の事で悩んでいるようよ。受験はお金がかかるもんね。孫たちも可愛く素直に育って、病気もせず元気でいてくれて・・どう?それだけで嬉しく思わない?私、いつも涙が出ちゃうのよ」

「本当だね・・嬉しい・・。元気でいてくれるだけでいいね。それ以上は何もいらないね」

「そうよ。私はあんたをこうして毎日見守り眺め続けていたのよ。あんたがいつも泣いていたから、それが辛かったけどね・・」

「ごめん・・」

「ああ、危ない」

「どうしたの?」

「見た?今車にぶつかりそうだったのよ、娘が・・。ああ無事で良かった・・」

「そうか、こうやって見ていたのか・・・」

「そうよ。それにね、声をかけてお話しすることだってできるのよ。子供たちは私の声をよく聞いていたみたい。でも、あんたはまるで無視だった」

「無視?何も聞こえなかったよ・・」

「何を言っているの。心の中で語らなければ聞こえないのよ。ちゃんと耳を澄ませば誰にだって聴こえるのよ」

「そう・・」

「ねえ、ねえ。私たちの娘に声をかけてみて・・」

「うん。幸恵、元気か?お父さんも元気だよ。お母さんと幸せに暮らしているよ。安心してくれ・・」

娘は掃除の真っ最中だったが、ふと後ろを振り返った。

「おい、おい、お父さんはここだよ。お母さんもいるんだよ・・」

不思議そうな顔で掃除機を置いて、仏壇の前にきて両手を合わせている。

「お母さん、お父さん元気ですか?私も家族みんなも元気です。いつもありがとう。また、会おうね、きっと。私、幸せよ。ありがとう・・」

「・・・聞こえる、お前、聞こえるよ・・娘の声だ・・。嬉しいなあ、幸せだなあ、涙が止まらないよ」

「馬鹿ね、あんたは。幸恵、元気でいてくれてありがとう。愛しているよ。生まれて来てくれてありがとう。もう一度逢いたいね。もう一度私たちの子供でいてほしい。あなたを思いっきり抱きしめたい。母さんたちも幸せよ、とても」

僕と妻は二人で泣いた・・。

 

娘の声が聴こえる。

 

「ママ、パパ、待っていてね・・必ず、逢いに行くからね・・」

 

 

 

 

ありがとうの風

 

そこで泣かないでください  

わたしはそこにはいません

悲しんだり、寂しがったりしていません

 

わたしは幾千の風のなかで

静かに、静かに舞い散る雪と

とても優しい雨の滴と

たわわに広がる麦畑と          

朝の静けさの中にいます

                    

わたしは幾千の風のなかで

美しく飛び回る優雅な鳥立たちのなかに

美しく夜空を照らす星の光のなかに

 

わたしは幾千の風のなかで

美しく先開く花々のなかに

あなたの静かな部屋の中にもいます

美しい飛び回る鳥たちのなかにも

美しいものすべてのなかにいます

 

だから、

そこで泣かないでください  

わたしはそこにはいません

悲しんだり、寂しがったりしていません

 

だから、

そこで泣かないでください  

わたしはそこにはいません

悲しんだり、寂しがったりしていません

 

わたしは死んでなんかいません

わたしはいつも、あなたのそばにいます

 

作者 MARY E.FRYE(マリー・E・フライ創訳COUCOU

 

 

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