All is well.(すべて良し)

All is well.(すべて良し)

 

 

小さな老人がいました。

その老人はお墓に向かってぶつぶつと話しかけていました。

お墓には奥様らしき名前が彫られており、その名前を呼んでいます。

僕は不思議な思いを感じながらも父の墓参りをすませ、帰り支度をしている時でした。

その老人が突然話しかけてきたのです。

「ねえ、あんた。もう帰るのかい・・」

「えっ・・」

「もう少し居てやんなさいよ」

「はあ・・」

老人は穏やかに優しく話しかけてきました。

「行くところがないんじゃ・・」

「行くところ?」

「人は死んでもここにいるわけじゃあない。いない、在るだけじゃ」

この老人は何を言いたいのだろう・・。では、なぜお墓参りに来ているのだろう。

「人は死なない、死んでなんかいない。だからここにはいない。だが、在る・・」

「在るって・・」

「いいかい、あんた。少しここに座りなさい。あんたはここに何をしに来ているのだね」

「はい、父の墓参りです」

「墓参り・・。何をお参りしているのかい」

「いつも、元気だよと伝えに来ています・・」

「それは、偉いのう。だがな、墓参りは儀式じゃあない。それに、ここに挨拶に来たとて無駄な事。挨拶などは家でもどこでも出来る。それになあ、あんたのお父さんだって死んだわけじゃあない・・」

何を言いたいのだろう?

僕は少しばかり苛ついていました。

「では、お爺さん。お爺さんは何しに来ているのですか?」

「わしはな。行くところがない」

「行くところがないって・・」

「わしはここに在る、妻と話をしに来ているだけさ」

「何の話ですか・・。聞いてもらえるのですか?」

「もちろん、聞いている」

僕の頭は混乱気味になりました。

「わしも、もうすぐ妻のいる世界に行く。だから、妻と逢ったら最初にどこに行こうかと相談している。妻はなあ、身体に良い温泉があるから、そこで美味しいものを食べて、ゆったりと湯に浸かろうと言うんだ。わしも賛成した。そして、妻のいる世界()を見物しようかと思っている。そこは温泉街らしい。海も近く、魚が美味しいそうだ。何よりも海が見たい」

「その世界()はどこにあるのですか?それって天国ですか?」

「馬鹿いうなよ。天国に行く話ではない。隣の街に行くようなものだ」

「・・だって奥様は亡くなっているでしょ・・」

「だから、死んだわけじゃあない、別の世界に行っているだけじゃ。わしも早くその世界に行きたいと話している。わしのこれからの楽しみだ」

僕はますます混乱してきました。

この人はもしかしたら、愛する妻を亡くして、気が変になってしまったのだろうか?

ここはお墓だし、お墓の中はお骨しかない。

それに、老人の言う世界にも温泉があり、美味しい魚が食べられて海もある・・。

「はははっ。不思議な顔をしないでくれよ。人は死なない、永遠に生き続けるのだよ。みな、疑いの目でわしの話を聞くが、百歩譲って、そのような世界はないという事を誰か証明できるかい。だからといってわしが在るといっても証明できる訳じゃあないよ。そんなもの証明する必要がない。それよりも、人は死んだら終わり、何もかも消えてしまうという考えよりも、死は別の世界に出向く事と考えたら悲しみも薄れるだろう。寂しさもなくなるかもしれん。残された者のほとんどが悲しみに暮れているようだが、じゃあ、去って行った者の気持ちはどうなんだい。いつまでも悲しまれていたらがっかりしてしまうだろう・・。どうだい、別の世界で楽しく過ごしていたとしたら嬉しいだろう。寂しい、悲しいというのは人間の勝手な我儘だよ。」

「確かに、相手に迷惑ですね・・」

「そうじゃろう、迷惑じゃ。ならば悲しむより、どこかに旅に出てると思えばいい、どうじゃ」

僕の胸に老人の言葉が突き刺さりました。

「そう、人はみなこの世から去っても、別の世界で幸せに暮らしている。天国も地獄も人間が勝手に想像したものだ。わしは、別の世界にいる妻と話している。場所なんてどこでもかまわないのだが、ここには妻が在る。わしは寂しくなんかない。目を瞑ればあいつの嬉しそうな顔が浮かぶ、幸せそうな笑顔が分る。わしも早く行きたいという話をしていた・・」

「奥様はなんて答えているのですか・・」

「ははっ。まだまだそこに居なさい、という。もっと楽しんで来なさい、慌てる必要はない、ゆっくりおいでというんだ。だが、わしは早く行きたいのだがね・・」

確かにそうだ。天国も地獄も死の世界なども、みな勝手に人間が作りだしたもの。神様だって、人間が勝手に作り上げたものだし、誰が、死んだらあの世に行くと決めたのでしょう・・。

 

「お爺さんは、そうやっていつも話しかけているのですか?」

「そうじゃ。妻が寂しがっていると思ってな・・。だが、本当はわしの方が寂しいのだよ。だから、わしもその世界に行くまでは妻と話し続けているんじゃ」

 

不思議なお爺さんです。僕は毎月の父の命日に墓参りをしているのですが、行くたびにその老人がいます。もしかすると、そのお爺さんは毎日来ているのかもしれない・・。

夏のお墓参りの時ですが、やはりお爺さんがいました。まるでお墓の番人のようです。

「こんにちは・・」

「・・・」

おや、今回は何も答えません。お爺さんは目を瞑りながら何やらおしゃべりしています。

「お爺さん、お爺さん、こんにちは。お元気ですか」

「・・・」

泣いていました。

「お爺さん、何か悲しい事でもあったのですか?」

「おお、あんたかい。別に悲しくて泣いている訳じゃあない。この涙はうれし泣きじゃ。嬉しくてたまらんのじゃ。それはのう、妻が早く逢いたいという。そして、妻がわしの父と、母を呼んで来てくれたんじゃ。前々から頼んでいたのじゃが、わしよりも若い父と母だった。わしからはその世界の事は何もわからんが、彼らはわしの人生のすべてを知っていた」

「・・・」

「向こう側の世界から僕たちの事がわかるのですか?」

「そうじゃ。残された者の願いは必ず届くが、去って行った者の願いも必ず届く。隣の世界ではそれが当たり前だという。何よりも、残された者よりも、去って行った者の想いの方がはるかに強いという」

「そうですか、僕だけの一方通行では駄目なのですね」

「そう、互いの想いが、願いが通じ合えば誰でも話ができる」

「それで、何が嬉しかったのですか?」

「馬鹿な話を聞くなよ。当たり前だろう。わしの父と母も妻と一緒にいるんだよ。そして、楽しい、幸せな毎日を送り、わしの来るのを楽しみに待っているそうだ」

「それでは、すぐにその世界においでということなのですか?」

「いや、そうじゃない。まだまだこの世界で人生を楽しんで、後悔のない生き方をしてからおいで、と言われたんじゃ」

「そうですか・・・」

「嬉しいねえ、楽しいねえ。早く逢いたいが、この世界も楽しい。これからお墓にも来れなくなるだろうし、きっと身体も動かなくなるだろうね。でもな、今はまだ動けているし、こうして妻、父、母たちとも話ができる。何も心配する事はない。わしは父や母と次の世界でも暮らせる事を楽しみにしているんじゃ」

「・・いい話ですね」

「いい話で終わらすなよ。あんたもお父さんともっと、もっと話しなさい。今まで話をできなかったことも沢山あるだろう。今こそゆっくりと聞いてあげなさいよ。あんたは、何を伝えたいのかい?」

「・・・」

「伝える事がなければ、聞いてあげなよ。お父さんは何を言いたいのか?」

 

「はい、父はありがとうと言っています・・」

「何に対してありがとうと言っている?」

「我が子として生まれて来てくれて感謝している、そう言っています」

「我が子として生まれてどう感謝しているのかな?」

「・・・僕の事を心から愛してる、と言っています」

「あんたは、それに対して何と答えてた?」

「はい、僕も愛している、とてもとても愛している・・、大好きだ、と言いました」

「それだけでいいのかい?」

「もう一度、もう一度逢いたい・・そう言いました」

「逢ったら、どうしたいのか?」

「はい、また、僕の父親になってほしい、父でいてほしい・・」

「なんて答えてくれた?」

「・・・喜んでくれました。また息子でいてほしい・・一緒に生きたい・・そう言いました」

 

「お父さんは幸せか?」

「幸せだと、楽しい世界だと言いました。そこには、父の両親や兄弟、姉妹、友人たちもみないるそうです。望んだ者同士が出逢える世界だとも言いました」

「そうか、わしと同じだなあ・・」

 

あれから数年、名も知らぬ小さなお爺さんを見かけなくなりました。奥様やお父さん、お母さんのいる世界に行ったのでしょうか・・。

僕は、あの時の老人と同じように、墓に在る父と話すようになりました。

 

「ありがとう、愛してる、大好きだよ。待っていてほしい、必ず逢いに行くからね・・」

 

いつのまにか、暑い夏も過ぎ去り、秋が訪れました。

僕の心にはこの詩が聞こえてきました。

 

 

All is well ─すべて良し─

 

死はなんでもありません

わたしはただ、となりの部屋に行っただけです

 

わたしはいまでもわたしのまま

あなたもいまでもあなたのまま

 

わたしとあなたはいつものように、何もかわらない

いつまでも、あのときのわたしとあなたのまま

これからも、あのときのわたしとあなたのまま

 

だから、わたしのことを今まで通りに呼んでください

今まで通りのまま呼んでください

 

いつもそうしてきたように

いつものように話しかけてほしい

 

決して変わらぬ声の響きを、重苦しい、悲しい声をしないでください

 

いつものように、明るく、楽しそうに

わたしのことを愛して、笑顔でいてください

人生を今まで通り楽しんで、ほほえんで、

わたしのことを愛して、笑顔でいてください

 

わたしのことを思って、わたしのために祈ってください

わたしの名前をいつもと同じように呼んでください

 

私の名前を特別なものと思わずに、

いつものように、そばにいるように自然に声かけしてください

わたしの名前を明るく呼んでほしい

 

人生の意味はいままでと同じ、何も変わってはいません

人生はいままでと同じ、永遠に続くもの

それは、絶え間なく、途切れなく、永遠なものです

 

わたしがあなたの目の前から姿を消したからといって

どうして、いないといえるのでしょう

どうして、忘れられるというのでしょう

 

わたしはいつもあなたを待ちつづけています

それは、とても近いところです

すぐそばにいます

 

そう、わたしの居場所はあの角を曲がったところ

 

そう、何もかも、すべて良し

 

ヘンリー・スコット・ホランド  創訳 coucou

 

 

©Social YES Research Institute / CouCou

つるた勝巳税理士事務所

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