平成29年「第5の新月の日に」感想をいただきました


アラビアンナイトの主人公シェラザードの、千一夜物語の中の寓話の一つと思っていた、「アラジンと魔法のランプ」が、中国の寓話であったという話。有名なイソップ物語の作品の中にもイソップ自身の作品でないものがあるようです。やはり長い年月多くの国の人々に読まれるこれらの作品には、その様な傾向はあるのかもしれません。
私たちは思い込みの世界に生きているハズ・・・。この文言、何か歴史は繰り返すなんて言葉に似てませんか?人は変わらないと云われる所以も、このあたりから来るのではと考えます?。
第32代アメリカ大統領ルーズベルトの「この世に偶然などない、私は賭けても良い」この言葉は以前聞いたことが有りますが、文中にある、マッチポンプの言葉とヒラリークリントンの写真、揶揄して使われているのでしょうね?。しかし、安倍政権と日銀のマイナス金利政策も、デフレ脱却の為と称しながら、デフレを促進?しているようで、まさにマッチポンプ的ではないでしょうか。
今日の経済の現状は・・右記に近いでしょうか?
ジャックアタリ著「21世紀の歴史(未来の人類から見た世界)の引用文、怖い文章です。日本で翻訳本が2008年に出版されましたので、実際に書かれたのが2004~5年頃でしょうから凄いですね。アメリカが仕掛けたグロバリゼーションも、いよいよ破たんを見せ始めていますし、13世紀から始まったと云われる、資本主義も、水野和夫・法政大学教授によれば、終焉まじかと云うことなのでしょうから。
現状は、極端な貧富の格差社会の拡大、行き過ぎた個人主義と利己主義による貧欲な競争社会、IS問題を思うと、民族間・宗教間の対立と闘争など、アタリ氏が言う「つまり市場の力が世界を覆っている、マネーの威力が強まったことは、個人主義が勝利した究極の証であり、これは近代史における激変の核心部分でもある」(P13)につづく文言には、身震いします。
しかし、アタリ氏は、人類の暫時的な物質化、不正、不安定な生活、暴力の拡大などが告げられているが、これは我々が不吉な前哨戦に突入することさえ意味している。洗礼された国家は、暴力の残酷さ、利己主義に対する懸念、報復による恐怖に毅然と対応してゆく、ところで人類とは俗物にすぎないことを甘受する方が理性的であると思える。また同様に、地球規模で寛容であり、平和で多様性を保ちながらも連帯性のある民主主義が世界に広がることなどあり得ないと考えた方が理性的であるかもしれない。しかしながらこうしたダイナミズムがすでに進行中なのである。市場と戦争の次は、善である。クイリヌス(戦いの神)とマルス(マネーの神)の次はジュピター(天地を支配する最高神)である。人類を悪魔から救済するためには、未来の第一波および第二波が、それぞれのやり方で人類に終止符を打つ前に、未来の第三の波が押し寄せてこなければならないと(p285参照)
著者はこの後にくる社会を、超民主主義と名付けこの社会を創造する人たちを”トランスヒューマン“と命名(ちなみに、トランスヒューマンとしてはメリンダゲイツやマザー・テレサなどの愛他主義的な人物を挙げています)(290P)そして、これらの人々が増殖してゆくことが重要で、それらのトランスヒューマンによる調和重視の社会作りが今後の課題であると述べています。
転じて、今日の国内の経済環境を見ると、東証株価は6月後半に2万円を超え、大手企業の業績は良好で、人手不足の話題が景況感を高めています。その上、不動産や金融などの一部の業界で、バブル化しているようにも思えます。実際、銀座などの中心部を散策すると、4年後の東京オリンピックの影響もあるのでしょうが、商業ビルの建築が随所で見られますし、外国人の観光客で活気を呈しているようです。
しかし、都心を離れた郊外の商店や企業では相変わらず不景気観が漂っています。確かに身近な量販店(デパート・スパーマーケット等)を覗いても、平日の人の姿は少なく、各店舗の入れ替わりが多いのを見ると、経営が大変なのが見て取れ、全般的に人々の購買力は回復していません。(ここにも大きな格差を感じます)
政府が、景気は堅調であると言えば言うほど、庶民の感覚はバブル崩壊後の景気低迷と、その後のリーマンショックの影響によるであろう長いデフレ状況と、2014年の消費税8%のアップと、日銀のマイナス金利政策や、来年にも実施されるであろう?消費税10%のアップなどによる心理的な不安が、高齢化の進行とともにデフレマインドとして定着し、全体的に庶民の消費を控える傾向は強いと思います。
そして、昨今の安倍政権の国会運営(共謀罪の強引な可決行為・加計学園問題など)や、総理や閣僚の言動を知ると、中央集権化を強くし、いずれは戦前の全体主義的国家体制を目指すかのような嫌な雰囲気を感じ、一方で、北朝鮮問題やアメリカ・トランプ政権の不透明観、ますます深まる世界的な世情不安定な状況を知るにつけ、アタリ著「21世紀の歴史」の記述が気に成ります。
さて、財政破綻や労働生産性の話は面白いし、参考になるのですが。最初にアタリ氏の「21世紀の歴史(未来の人類から見た世界)」の強烈な話が出てきましたので、脳の動きが停止状態になりつつありますが。
P4の、“おもてなし”の項目から下12行の文言に触れて、思考のスイッチがONに入りました。この12行の文言の中に、大袈裟ですが、今後の人類を救うトランスヒューマンを育てるヒントがあると直感します。
“おもてなし”は、滝川クリステル氏が東京オリンピック招致の最終ステージで「お も て な し」とゆっくりと日本の心を表現し、世界の流行語になりました。
確かに、「サービスとおもてなし」は一見似ている事柄であるように思えるのですが、全く異質な事柄と思います日本人はサービスと云う言葉に対しても、“おもてなし”ではと思えるような感覚を感じさせるようです。日本人も今でこそ「サービスとおもてなし」の違いは、対価を求めるか求めないかという事なんだと学んだはずなのですが。欧米人のように対価(チップ)を求める単純化されたサービスとは一線を画するものをがあるという事です。。
それぐらい、日本人は自然体で“おもてなし”を実践しているわけで、クリステル氏が「お も て な し」を有名にするまでは、“おもてなし”の言葉すら意識せずに“おもてなし”を実践していたのではないでしょうか。特に、今でも田舎に行くとそのことを強く感じます。
日本人の、人に気を遣う思いやり・優しさ・細やかな感性と、四季と云う自然の営みを形にした、茶道・華道・書道・俳句・などの日本文化と、人には迷惑を掛けないという恥の文化とが融合した、日本独特な価値基準で生み出された言葉が“おもてなし”なんだと思うのです。
従って“おもてなし”が生み出す波動の中に、人は一瞬でも入り込むと、波動の強弱は人により違うでしょうが、その人なりの何とも言葉に置き換えることのできない“おもてなし”を感じ取れるのではないでしょうか。それだからこそ、一律に表現が出来ないほど、人それぞれの感動や感激を受け取ることが出来るのだろうと思います。
つづいて、イノベーションによって産業構造が変化する例として、コンテナーの発明とその利用価値の話がつづられていますが。この話は、イノベーションの本質について解りやすく、しかも名門海運業者がその変化に対応出来ず経営を悪化させる。との説明には、なるほどね!。結局大手だとか名門と云われている企業だからこそ、イノベ-ションすることが必要なのに、大手だとか名門と云われている企業だからこそ、なかなかイノベ-ションすることが出来ないという事への警鐘。それがイノベーションなんだけども・・・
今月に入り、公式戦無敗のまま29連勝した、中学生棋士藤井聡太四段とAI( artificial intelligence)が話題になっています。
人工知能がいずれは、人間にとって代わる時代は意外に近いのではなどと、特に関係が無い庶民までが、今にもAIに取って代わられる様な話を耳にすると、人は期待とともに警戒心が募る思いを持っているのだろうと思ったりします。最もイノベーションは、常に期待とともに警戒心が募る思いを人に持たせるものでしょう。
よく耳にする話で日本人は世界的に、人型ロボットに関して関心が高いと言われます。本当のところは知りませんが、その理由の一つが日本人は人に対する愛情が深い?(おもてなしに通じる事ですが) もう一つが、手塚治氏の漫画アトムに、子供のころから親しんでいるからなどだそうです。ソニー社が創ったアイボの人気などを見るとそうなのかも~なんて思ったりします。
私は、SF映画が好きで、AIについては1956年公開の「禁断の惑星」の“ロボット・ロビー”と、1968年公開の「2001年宇宙の旅」の“ハル9000”が印象的です。
その後、スターウォーズやターミネーターなど、AIが登場する映画が制作され、その中でも怖いイメージを与えたのが、1984年公開のターミネーターの、殺人アンドロイド「ターミネーター・サイバーダインシステム・モデル101」の凄まじい執念と破壊力に、観客は強い印象を受けたと思います。しかし、現在稼働中の、産業ロボットや癒し系ロボット(アイボ等)などを目にすると、結局は人間が、AIとどのように向き合うかという事なのでしょうね。
さて、ブラック・スワンの名前は、随分前に本屋で見たことが有るのですが、タブレ氏著「ブラック・スワン」は読んでいません。昨年、映画ブラックスワン(題名が同じだけ)も公開され、ブラックスワンと云う名前は時々耳にします。今回記事の中でブラック・スワン理論3つの特徴を知り、興味が湧きました。
リーマンショックや東日本大震災などなど、誰もが予想もしなかった事柄などを指すのでしょうね。たしかに、リーマンショックや東日本大震災などについてもそうですが、震災後、起きることが分かっていたなどと云う人が出て来たなどの話を耳にしたことが有ります。(こうゆう人は何処にでもいるようですね)
ブラックスワンに立ち向かい、それを利用できる驚くほど簡単な方法。・・・何!どんなこと?・・・“決める事です” には、なるほど!と感心しています。
今後30年間は消費人口が減らない東京の考察を読むと、消費人口というスポット的な観点から考えれば、なるほどと思うのですが、現在の不確実な世界情勢などから果たしてどうなのでしょう?
最後の、サテイッシュ・クマールの、「暗闇を呪うより,蝋燭に火をつけようじゃないか」は、“可能性に挑戦しよう”という意味でしょうか?
今回も考えました。
表紙のアラジンの魔法のランプの絵、最初は何の絵か、ただ女性が持っている物が何か気に成り、レンズで拡大してみて、形からアラジンのランプであろうと分かりました。
そこで、ランプから現れる、ランプの精でも魔人でもいいのですが、今回のテーマー? 全体の文書の構成から思う事は、ご主人様“なにがお望みですか?”(“希望”は何なのですか?) と云う事ですかね。

つるた勝巳税理士事務所

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