さくらの花びらが散る頃に

 


ネズミさんは夜になると動きはじめます。
なぜかというと、明るい太陽の下ではすぐに悪い奴らに見つかってしまうからです。

若い頃のネズミさんには夢がありました。
それは映画のワンシーンのようにステキな人と出逢い、恋をして結ばれ、子どもたちをたくさんつくって、明るい太陽の下に自分の村をつくることでした。

そんな夢を抱きつつ長い年月が過ぎ、ひとりぼっちのまま、いつのまにか年をとってしまいました。
ネズミさんは汚れた排水溝の水の流れに姿を映して、ため息をつきました…。
「あっという間の人生だった…。恋をすることもなく、愛する人にも出逢わなかった…。子どももいない…。自分の村もない…。」
汚れた水面に映る姿は、まるでみじめな自分の姿そのものでした。
そう思うと、往く当てもない涙があふれてきます。
想い返してみると、働きずくめの人生で、遊ぶひまなど一時もありませんでした。
「…死んでしまった父さんと、母さんの介護だけで、わたしの人生は終わったような気がする…。」ネズミさんはそう嘆きました。

やがて、うす暗い排水溝の中に朝陽のか細い光がさし込んでくると、ネズミさんと同じように、自分の姿を汚れた水に映して、何やらブツブツとつぶやく声が聞こえてきました。
それは長い排水溝に一列に並んだ何十匹ものネズミたちでした。
朝陽は彼らの姿を照らしはじめています。
ネズミさんは彼らが何をつぶやいているのか、そっと聞いてみることにしました。

「やっと結婚したのに、女房は他の男とどこかに行っちまった…。子どもだけ残していい加減なものだ。つまらない人生だ…」
「私の愛する子どもが病気で死んでしまいました…。私の人生はその悲しみを背負うことだけでした、あとは何もありません…」
「妻が猫に食べられてしまった…。何も悪いことをしたわけじゃあない。神様は酷いね…」
「夫が車にひかれて死んでしまった…」
「好きな人と老後を一緒に過ごしたかったのに…」
「お金が欲しかった…。そうすれば楽しい人生を送れたのに…」
「もっと好きなことをしたかった…。いろんなところへ旅したかった…」
「外の世界はキライ、ネズミ同士のおつき合いも、かかわりもイヤ、どこにも出かけなくていい、老後の心配もなく、安心して暮らしたかっただけなのに…」
「ひとりぼっちは寂しいものよ…」

そんなつぶやきを聞いていたネズミさんは、やがて両腕を組みながら考え込んでしまいました。なぜかといと、ネズミたちのつぶやきも、自分の嘆きも、まったく同じだと思ったからです。
人生なんて誰もが自分の思い通りにはならないものなのだ、つくづくそう感じたのです。
「…あとは、わずかに残る寿命が消えていくのを待つのみか…。わたしたちは一人で生まれ、一人で生きて、一人寂しく死んでいくのだね…」

空のいちばん高いところにきた太陽は、長い腕を思いっきり伸ばして、うす暗い排水溝
の奥に何があるのかみつけにきたようです。
太陽の手は排水溝の汚れた壁をさわりながら、ゆるゆると流れる水を光り輝かせていきました。
なんて美しい光の反射なのでしょう。
ネズミたちは目を丸くして、不思議な光をみつめます。

そこに大きな葉っぱの船に乗せられた長老ネズミが運ばれてきました。
長老ネズミは、もう息をするのがやっとです。
運んでいるのは家族なのでしょう。
孫娘らしきネズミが小さな両手で水を汲み、長老ネズミの口元に注ぎます。
「ああ、おいしい。なんておいしい水だろう…」
 長老ネズミはしみじみとささやきました。
わたしは、長老ネズミがこんなに汚い水をどうしておいしいと言うのかがわかりませんでした。他のネズミたちもきっと同じように思っていたはずです。

「おじいちゃん、おじいちゃん、今まで本当にありがとう…。ボクたちはこんなに大きくなりました。お父さんとお母さんはどこにいるのかわかりませんが、たった一人でぼくたちを育て、守り続けてくれてありがとう、感謝していますよ…」

数珠玉のように鳥の声がひびきわたり、花の香りが漂ってきました。
あたたかな空気とさわやかな風に舞う桜の花びらは、まるで天の風花のようです。

風から降りた花びらが、こんどは長老ネズミのおでこに落ちてきました。
間もなく旅立つ長老ネズミといっしょにいれば、どこかまた新しい場所へ行けることを、花びらはちゃんと知っているのです。

長老ネズミはゆっくりと語りはじめました。
まわりにいたネズミたちが一斉に耳をすませます。

「美しいなあ、世の中は。汚いと思われているが、排水溝の中もそんなに悪いところじゃあない。きれいだなあ。空気がこんなにおいしくて、太陽の輝きは、いつもわたしに希望と勇気を与えてくれる。ほら、手をさしのべると光にふれるのがわかる…。」
この長老ネズミのように思えたら・・・。
ネズミさんはそう願いましたが、自分にはとうてい無理なことだと思いました。

長老ネズミは最後の力をふりしぼって言いました…。
「いいかい、子どもたち。
すべての時に、キミたちは〈おおいなるもの〉の存在を感じるんだよ。
〈おおいなるもの〉が、すべての生命(いのち)をつくっているんだ。
〈おおいなるもの〉は、わたしたちに人生を与え、その人生に喜びを運び、支え続けてくれる。
誰もが何かしらの不満をもっているようだが、その不満のすべてが「自分の思い通りにならないこと」なんだ。そして、「自分の思い通りにならないこと」が自分の不満だと思い込んでいるだけなんだよ…。
不満ばかりだと、〈おおいなるもの〉の素晴らしさがわからなくなっていく。
ほんとうは、すべて〈自分の思い通りになっている〉のに、気づかないだけのことだよ。
キミたちは〈おおいなるもの〉に話しかけたことはあるかい?
いいかい、子どもたち。
すべての時、キミたちは〈おおいなるもの〉にそっと、話しかけてごらん…。
そうすれば、きっとわかるものさ」

子どもたちは、〈おおいなるもの〉に話しかけてみました。
「毎日が大変です…」
「いつも苦しいです…」
「結婚したいのです…」
「人生をやり直したい…」
「もう少しお金が欲しい…」
「お金さえあれば自由が買えるから…」
「友達が欲しい、何でも話せる仲間が欲しい…」
「支えてもらいたい、愛してもらいたい、支えてほしい…」
「ひとりぼっちは寂しい…」

けれど、子どもたちには何もわかりませんでした。

「では、もう一度〈おおいなるもの〉に話しかけてごらん」
長老ネズミが言いました。

「私はダメなネズミです」
「私は頭が悪いのです」
「私は機転がききません」
「私は皆の足を引っ張るだけです」
「私は役に立ちません」
「私は行動的ではありません」
「私は臆病です」
「私はいつもひとりぼっちです」

「どうだい、子どもたち。何が聞こえる…?」
「…何も聞こえません」
「そうか。では、いまキミたちは自分に〈NО〉と言ったのか、〈YES〉と言ったのか、わかるかい?」
「わかりません…」
「ならば、〈NО〉と言ったように感じてみなさい」
「…はい。〈NО〉と言っているように感じます」

「そうだ。〈おおいなるもの〉はちゃんと答えてくれているんだよ。では、こんどは〈YES〉と言ってみなさい」

「私はステキですか?」
「私の人生はこれでいいですか?」
「私には子どもがいませんが、それでもかまいませんか?」
「私には両親がいません。それでもすばらしい人生ですか?」
「私は生涯独身ですが、それでも何かいいことがありますか?」
「私はダメなネズミですが、それでもいいですか?」
「私は頭が悪く、機転もききませんが、それでもかまいませんか?」
「私はいつも皆の足をひっぱってしまいますが、それは迷惑でないですか?」
「私は臆病で行動力がありませんが、それでも生きていけますか?」

「どうだい、子どもたち。何が聞こえる?」
「はい。〈YES〉と答えているように感じます!」

「そう、これが〈おおいなるもの〉の答えだ。
〈おおいなるもの〉は「YES」とも「NО」とも答えてくれる。
自分が望む答えを返してくれるんだ。
「YES」を望めば、人生に否定などないんだよ。

さあ、そろそろお迎えが来たようだ…。
〈おおいなるものよ〉、すばらしい人生だった・・・ありがとう。


長老ネズミを包み込むかのように桜の花びらが降り注いでいました。
排水溝の水の流れは速くなり、汚れていた水が透明に変わっていきました。

「…YES」

ネズミさんは、長老ネズミの真似をして〈おおいなるもの〉に話しかけてみた。

「お父さん、わたしを愛していますか?」
「お母さん、わたしを許してくれますか?」
「何もできないわたしだったけれど、必要としてくれましたか?」
「わたしには、妻も子どももいません。村を作ることもできませんでした。それでも生きてきた意味がありますか?」
「わたしはひとりぼっちですが、それでも素晴らしい人生ですか?」

「…YES」

「お父さん、お母さん、わたしが生まれてよかったですか?」
「わたしが生まれて、うれしかったですか?」
「何も恩返しができなかったけれど、それでもいいですか?」

「…YES」

「お父さん、お母さん、またあなたの子どもになってもいいですか?」
「お父さん、お母さん、いつかもう一度逢えますか?」

「YES。」

ひとりぼっちのネズミさんは、朝陽がくると〈おおいなるもの〉に語りかけています。
もう夜の生活ではなく、明るい太陽の下で暮らしています。
朝の光が注ぐ地上は、夜と同じように安全だということを〈おおいなるもの〉が教えてくれたからです。
いまネズミさんは、親を失くした子どもたちのお世話をしています。そして何百匹もの子どもたちと暮らすうちに、ネズミさんは長老ネズミになりました。
いまのネズミさんの夢は、多くの子どもたちに見守られ、桜の花びらといっしょに、お父さんとお母さんに逢いにゆくことです。

そして人生の最期に、〈おおいなるもの〉にこう話しかけるでしょう。
「わたしの人生は、これでよかったですか?」
「わたしの人生は、すばらしかった・・・ありがとう」

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つるた勝巳税理士事務所

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